2020年07月29日

拡散希望への違和感


磁気のコウモリの月カリ4日、3ポプ、白い倍音の風(KIN122)

今日は上に書いたとおり1の月4日、3ポプ、5・風(紋章番号2)の日ということで、数字の1から5がきれいにコンプリートしていて気持ちいい。

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輝きを伝えるのがキーワードの今日は「13の月の暦」ユーザーということに限らない違和感として、拡散希望に対する自分の感覚をお伝えしたい。
CIMG2194
(5・風の銀河の羅針盤)

電子メール、フェイスブックやツィッターなどのSNSで「拡散希望」とか「家族や大切な人に伝えてください」といったコメントをそれなりに見かける。

今日、我が家(福岡県田川郡)の母も「郡内の〇〇の店でコロナ感染があったらしい。あの店には行ってはいけない。」という(とても真面目な方らしい)お友達からの情報を伝えてきた。

「いや本当に感染者が出たのなら、行こうにもお店が営業していないんじゃない?その人が親切で教えてくれているのは分かるけど、もしかしたらデマかもしれないと思う方がいいし、自分で確認がとれないうちは誰かに伝えてはいけないと思うよ。」という話をした。

手元でネット検索をした範囲ではそれらしい感染情報は確認できなかったので、お店の方にはとんだ営業妨害なのだろうなと思っている。


デマの話と拡散希望は違うよという感覚の方もおられるのだろうと想像する。

よく見かける「拡散希望」は、この大切な情報を少しでも多くの人に知ってほしい、この動きへの協力や連帯の輪を大きく広げたいなど、まさしく善意で、伝える先にも大切な情報と考えて、できればバスってほしいという想いから呼びかけられているもののように感じている。

良かれと思っての行為なのは十分に分かる。本人の感覚・直観・気持ちでも大切な情報だと感じ、できるだけ早急に&多くの人へと伝える必要があると感じているのだろうとは思う。
しかし、自分が伝えることの結果や影響はそれを伝える前に想像してほしい。もしデマ情報だったとき、あるいは特定の状況にだけ有効で別の状況には被害が出てしまいかねない情報だったときに、「いや自分は誰かから聞いたことを良かれと思って伝えただけだから」と言えるのだろうか?

少なくとも当事者として責任をもって発信するのでなければ情報を出してはいけないと思っているし、そうであれば伝言ゲームになりかねない拡散希望はしてはいけないと自分は思っている。

と同時に、こんなデマに注意という情報拡散もやはり要注意なので、これも伝聞情報としては発信したくない。

一方で、本当に支援が必要とされている困窮などの状況があり、支援の輪を呼びかけたいケースも当然にある。こうしたケースでは、受け手が情報を信じたとして何らかの被害が生じる恐れがないかを想像した上で、被害発生の可能性があるのなら発信しない・そうした問題点も付記して伝えるという発信の仕方が必要だろうし、情報に共感して転送する場合にはオリジナルの呼びかけが分かる形で自己責任の自覚のもとに発信するのかなと思っている。



waiar56 at 22:34コメント(0)生活   このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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