2005年02月25日

科学的?非科学的?

青い水晶の嵐の年 銀河のタカの月アルファ19日
KIN213 5・空歩く者

昨夜、高2の長男と議論になった。
こちらに少しアルコールが入っていたこともあって、何だか一方的にヒートしてしまった。

発端は、「目に見えるもの、感じられるものしか信じられない」という主旨の長男の発言。



どういう流れで、その発言になったのかは覚えていない。
(ドラえもんのタイムマシンと過去への干渉で選択されるパラレル・ワールドのことだったかな??(笑))

ちなみに長男は、科学技術系の高校に通っているバリバリの理数系のはずだ。一方、オヤジの方はアヤシイ(?)精神世界系情報もとりあえずは否定しない人だ。(まぁ、二人とも何系と威張っていえるほど知識はないというのが本当のところだが。。)

実はどんな議論をしたのかもハッキリと覚えていないし、多少思い出した内容も支離滅裂なところがあって、相手をしていた長男よご苦労様という感じ。。なので、あえて議論の内容は書かない。^^;;

結局、長男は、確かめられるものにしか確実性を認めないということが言いたかった訳で、確かめられないものの存在を否定するということを言っている訳ではなかったようだ。
その点に食って掛かった感もあったが、改めて、長男を相手にした議論が何故おきたか(何に自分が反応したのか?)を思ってみると、長男の考え方、感じ方がどうこうというよりも、自分自身の世界観を再認識させられた気がする。

・目に見えるからあるとは限らない。(夜空に光る星は、いま存在する?しない?)
・記憶も心も都合のよい創作をすることがある。(思い込み・誤解は排除できないし、全てを知ることもできない。)
・常識は絶対的なものではない。(世界に通用しない日本人の常識なんていくつもありでしょ。)
・現代科学では捉えきれていない仕組みはきっとある。(超常現象は説明しきれていないだけ。)
・直観は信じる。(雑多な思いの中で、直観を見つけることができるか、信じつづけることができるかが課題。)
・・・

常識や学説・理論は、それとして認めながらも、それが絶対的だとは思わないから、新しい理論や常識が生まれるのではないだろうか。また、何かのインスピレーションから仮説を立て、それを検証していった結果、新たな発見に結びつくこともあるだろう。

目に見えるものを疑い、目に見えないものを信じる、それも科学的な態度だと思うが。。


メモ+7.2(ゴールまで60日)


at 17:51コメント(0)トラックバック(0)精神世界   このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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赤い倍音の月の年銀河のタカの月アルファ12日生まれの黄色い自己存在の戦士
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