精神世界

2016年12月29日


律動の月ガンマ17日、16モル、青いスペクトルの(KIN115)◎◇

今日から年末年始の休みに入った。
昨日は「今年一年お世話になりました。引き続きよろしくお願いいたします。よいお年を」といったご挨拶を幾人もの方と交わしたし、普段はしないテスク周りの整理整頓清掃も、それなりにはやった。

ごく自然で、当たり前のようにとっている、そうした行動や意識って「時のちから」なのだなぁと改めて思う。
月の相(ちなみに今日は師走朔日の新月)や天体の位置関係が人の意識に及ぼす影響は、個人的にはよく分からないのだが(だから否定できるはずもない)、人の意識が作り出す時間観とその影響は上記のような日常生活の中に明確に見出すことができる。

人の意識が作り出す時間観、それは本当だろうか?と疑ってみたりもするが、大みそかまであと2日、今年も残すところ3日というのは、真実のようだが、絶対的な真理ではない。
旧暦でいえば、上記のように年末の師走に入ったばかりだし、13の月の暦でいえば年の折り返しにも至っていない。要は今の時期をどのように意味づけているかということが、年の瀬のあわただしさの理由なのだと思う。

それがいけないというのではなく、時間に対する自分の意識が年末のあわただしさも年始の清々しさも創り出しているということを自覚していたいと思う。そうすることで無自覚に時間泥棒の犠牲になるのではなく、自分の人生をいかに生きるかに自覚的でありたいと思う。



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2015年04月30日


惑星の月リミ27日、18カンキン、
青い磁気の手(KIN27)

このところの個人的にツボにはまっているのは、

呼吸に気づく、
吸う息とともに感謝を肺と身体に満たし、
吐く息とともに微笑み感謝する。

ティク・ナット・ハンのマインドフルネス瞑想に影響を受けたものだが、何だか気持ちいい。



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2014年11月16日


倍音の月セリ2日、13シュル、
白い倍音の風(KIN122)

宇宙人は存在するか?
ありがちな質問だと思うが、そんなことをツラツラと考えたりするも、いとおかし、と思っている。

質問に対する自分の答えは、間違いなくYESだ。
だって自分自身を含む人類が存在していることには疑いを持っていないし、私たち人類が住む地球は宇宙に含まれていると思うから。

世の中には宇宙人の存在を否定する意見もそれなりに大手を振っていると思うが、そのためには”地球人を除き”とか、”地球以外に”という前提条件がついているに違いないと思う。

そもそも「宇宙人」というのが何をさすのかも興味深い。
単なる生命体ではなく、「人」なのだ。
例えば、どこかの星にチンパンジーそっくりの生命体がいたとして、それを宇宙人と認定するのだろうか?
人(人類)が人たるゆえんは、言葉を使うこととか、宗教をもつことなど、それなりの定義づけはあるだろうが、宇宙人にも同列に適用してよいものか?
SFの世界ではタコ型の火星人はアリなのだが、海にいる蛸そっくりの地球外生命体がいたとして、いったい何をすれば宇宙人と認められるのか?
人類と意思疎通ができれば問題なく宇宙人かもしれないと思うが、意思疎通ができるかどうかは、人類間でも確実ではないし、ペットと飼い主の間に意思疎通があってもいいように思われるので混乱してくる。

「知的生命体」であれば、蛸そのものでも何とか含まれそうだが、そうすると「知的」とはどのようなことを言っているのか疑問をもってしまう。

ずいぶんとくだらないことを考えているものだと思われるかもしれない。
考えるとか、ましてや悩むというと避けたくなる気持ちはある。それでも、問うとか、関心をもつ、好奇心をもつための遊び心みたいなものとして、考える楽しみを持っていたい。



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2014年10月26日


自己存在の月セリ9日、12ツェク、
赤い惑星の(KIN101)


宗教的な信仰心は余り持ち合わせていないと繰り返し書いている気がする。
一方で、大いなる存在は、信じているというよりも、確信ないし実感している。

どこで実感しているのかというと、まず世界というものが存在しているということ。
偶然やたまたまだとしても、このように宇宙の一部として銀河系ー太陽系ー地球があり、そこに重力があり、空気や水といった環境があり、多くの生物、無生物がある。
世界を成り立たせている秩序それ自体が奇跡的で、何らかの創造的な力を感じるのだ。

それから、感覚が共有できるということ。
感覚と周波数との関係。例えば、音の高低、キーンという音は高く頭に響き、ブーンという音は低く腹に響くが、音程が高音や低音と受け止められる感覚。また、色の寒暖も、青系の色は涼しげに、オレンジ系の色は暖かく感じられる感覚があり、そうした感覚が人類に共有できているということ。これらは生まれた後に獲得したものではなく、本能的な秩序が共有されており、そこにも創造的な力が働いているように感じる。

そして、ただ刺激をそのままに受け止めるだけではなく、そこに意味づけをし、期待や不安を生み、感情を動かしたり、思い出したり、考えたりできる仕組みが与えられていること。想像力=創造力だと思う。

大いなる存在は、外にも、自らの内にも、誰の内にも、働きを及ぼし、在るものと感じる。




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2014年10月18日


自己存在の月ダリ1日、4ツェク、
赤い月の空歩く者(KIN93)、GAP


隣のき室に磁のわすれもの。


何を書いているのだろうと思ってもらえただろうか?


上ので彼の春論を聞き流す。

お天気もいいし、青空のことでも想っているのかな、なんてイメージをもっていただけたら大成功。
実は「空」と「青」の前後にも文字はあり、ドラッグして反転してもらえば短文が読めるよう意図している。
イメージとはかけ離れた文章だと思う。ちなみに2番目のところも別の短文だ。


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2014年10月11日


電気の月ダリ22日、17ソツ、
白い銀河の世界の橋渡し(KIN86)


実家から離れた生活で、お墓(正確には納骨堂)参りや法事は親に任せている。
信仰に関しては積極的ではなく、そういう立場になれば慣例に従うのだと思っている。

自宅には仏壇はないが、短冊線香供養は続けている。
この供養は、伊勢白山道氏のネット記事や本に触発されたもので、「○○家先祖代々の霊位」と自分で書いた短冊を立て、線香をあげるものだ。
最初の2本は「ご先祖の皆々様、生かしていただき有難う御座います。」、次の1本は「その他諸々の霊の皆々様、生かしていただき有難う御座います。」と唱えながらお線香をあげるので、自分としてはそれでご先祖供養をしているつもりだ。

ご先祖の皆々様というとき、健在の母も、亡くなった父も含め、祖父母、曾祖父母、その父母に連なる人々、、30代(ひと世代30年としても900年)も遡って単純累計をすると10億人は軽く超えることになるが、ここで言いたいのは計算がおかしいということではなく、やはりとんでもなく多くの人が一人も欠けることなく存在しなければ、その血筋になる自分は存在しえないという奇跡。その奇跡を下さった一人ひとりの存在に感謝し、生んでいただき、育てていただいたことに感謝したい。

その他諸々の霊の皆々様というときも、この齢になるまでご縁をいただいた方々だけでなく、生まれ、育つことができ、暮らしている社会制度、国、地球環境を含めて、この世に生をいただいているという奇跡を感じ、感謝したい。

ということで、供養といっても、ご先祖がうかばれていないなどと思ってはいないし、自分がすることでご先祖の供養になると思っている訳でもなく、今、ここを生じさせている過去の奇跡、それは当然のように目の前にあるものだけれど、しかしまさに有難いことなのだと感謝したいという想いなのだと思う。



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2014年10月05日


電気の月セリ16日、11ソツ、
黄色い月の太陽(KIN80)

昨日読んだ山川紘矢 『人生を変える極上の教え』に、7次元の存在(スピリット)からの情報を受け取っている人がいるという話題があって、では「自分は何次元の存在なのか?」を改めて考えてみた。

ちなみに次元の概念も専門的には別にあるだろうから、ヨタ的内容だし、13の月の暦の時間の宇宙論にも次元が出てくる(1次元=生命、2次元=感覚、3次元=心mind、4次元=時間)が、ここでは直接の関連はないことをお断りしておく。

あなたは自分を何次元の存在だと思っているだろうか?
常識的には3次元と思っているのではないだろうか?

次元というと、0次元は点、1次元は線、2次元は面、3次元は立体、4次元は立体の移動・変化、、程度の認識で考えてみる。
縦・横・高さのない「点」、点の移動をつなく「線」、線が移動すると「面」、面が移動すると「立体」といったイメージだ。

認識ということから考えると、「点」を見るためには、その「点」の外に視点が必要だ。線も面も立体も同様に、その中に含まれた視点ではそれが何であるのか認識できないと思われる。
逆に考えれば、3次元的な世界を認識し、それが時間とともに変化する(4次元的)諸行無常を知っているということは、少なくとも5次元の視点で認識していると思われる。

例えば、熱いやかんに触れた状況で、手の皮膚の赤み・痛み・火傷に気づく(身体的認知)、驚き・失敗したと悔いる(原初的な心的認知)、やかんへの八つ当たりや火傷の可能性のある状況を作った誰かを責める(感情的認知)といった認知の段階というか層が考えられるが、そうした認知をしている自分に気づくという、もう一つ外の冷静な自分の視点も持ちうる。その場合の気づきの視点も、その状況に別の次元軸をおいた高次元にあるものなのではなかろうか。

すると5次元の視点による認識に気づくという意識は少なくとも6次元の存在なのかもしれない。



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2014年08月30日


月の月ダリ8日、15ウォ、
黄色い倍音の(KIN44)


「夢干し」という言葉が、ふと浮かんだ。

もちろん、梅干しからのインスピレーションだろう。
単なる言葉遊び。

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2014年08月13日


磁気の月カリ19日、18ポプ、
青い磁気の(KIN27)
磁気の音の魔術のカメの日


独りよがりな面があることは結構自覚している(・・・つもり ^^;)。
だから客観性の大切さは心に留めているが、では客観性が確保されているかと考えてみると、そのような理想状態はそもそも無理な相談ではないかと諦めてもいる。

すると主観しかないということになりそうだが、主観そのものも確固たるものではないことを思えば、それでOKと思えてくる。
主観といっても、認識なんて揺れ動くものだし、心に葛藤が生まれるように、自分の中にも複数の視座を抱えているものだ。

個人的には、一つの想いを貫く一徹さよりも、思いを疑い、別の見方や受け止め方、考え方がありうるのではないだろうかと思い迷う姿勢を好ましく感じる。
なるべく広く、高く、本質、時間軸も考慮した思索をしたいし、そこに直観も生かしたい。
客観そのものが確保されていなくても、結果として客観的な見地も反映できればいいと思う。
 
あの人だったら、どう考えるだろうなど、心のメンターを使うためにも、人物を学ぶ大切さを感じる。




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2013年07月20日

凄い答えの価値は、それを問うた質問あればこそ。

ということで、問い・疑問・質問を大切にしたいと思う。
答えはどうでもいいので、どんな問題・課題意識・興味が自分の中にあるのかを意識したいと思う。

=======
青い共振の嵐の年宇宙のカメの月ガンマ24日、19クムフ 、2・鏡(kin158)

waiar56 at 20:19コメント(1)トラックバック(0) 

2012年01月23日

 泉谷閑示氏の本に「言葉の手垢を落とす」ということの重要性が書いてある。例えば『普通』という言葉だったら、「多数派の」とか「無難な」とか、「中庸」「一般的」そして「社会適合した」といった価値観を付随させている。氏は、このような言葉がまとった常識的な価値観を”言葉の手垢”と呼び、手垢を落とした無垢な言葉として自分なりに見つめなおすことの大切さを説いている。

 13の月の暦を学び始めた頃に「無意識を意識化する」というキーフレーズに出会い、普段意識することもなく当然と思っていた無意識に気づくことの面白さを感じた。例えばカレンダーも時計も人工的な時間の区切り方の決めごとに過ぎず、別の体系だってあるし、何が正しいというものではないということは、無自覚に受け入れていたものごとに意識的になってようやく分かってくる。

 いずれも世間の常識とか権威ある誰かの考え方ではなく、自分自身で考え判断し納得した自分なりの軸を持つことだろうし、好きな自分でいられるステップでもあるように感じる。一方で、それは自分で意識し考えることの煩わしさや悩ましさ、不安感を認め、受け止めることでもある。常に理想通りにいくはずもない自分を時に叱り、時に甘やかしながら、だけど自分が納得できるかどうかを大切にしたい。


[Good &/or New]
・「やよいひめ」を初めて食した。
・群馬産の苺、大粒で甘かった。葉っぱも大きかった。

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白い律動の魔法使いの年 共振のサルの月シリオ14日(法則の立方体8=黄色い星の気品)、1ヤシュ、PCU=13・犬(KIN130)
5・鷲(キン135):運命=青い鷲、類似=黄色い種、反対=赤い蛇、神秘=白い世界の橋渡し、ガイド=青い夜
調波34:律動の出力(同等の知性を表現する)<KIN133-136>の変容
青い猿のウェイブスペル11(魔術の力)<KIN131-143>の倍音の塔
ヤシュ月<共振の月13日~銀河の月4日>: そこでは学徒が思いを清め、いまだ熟成していないものを心にとどめ
猿の創世記<KIN131-208>
燃える青い西の城(魔術の宮廷:星を変容する)<KIN105-156>
黄色い銀河スペクトル<KIN120-184>を確立する流れ<KIN120-139>
共振の月の白い第2週(洗練)、年の第2四半分:コドン31:心ひかれるもの/宇宙の気づきが二項秩序を確立する、第13段階=コドン31:心ひかれるもの、コドンの立方体=ルーン:(中心)<空間が発生する、時間が橋渡しする、輝きがクライマックスに達する>
放射子の立方体=白いシリオ(中心)<放出する: 私の役割は仏陀の行為を成し遂げること。私は地球の中心で心的電子・中性子を放出する。>
=======
新月:朔=16:39、旧暦睦月一日



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2009年11月03日

黄色い自己存在の種の年 自己存在のフクロウの月ガンマ17日、0シュル、13・(キン104)、黄色い人のWS8の宇宙の門、満月(望=04:14)
第15週、第2四半分:コドン29:ハートの月水晶/空間が宇宙の気づきとして流れる、第2段階=コドン60:測定/銀河オクターブが空間の限界を定める
NS1.22.4.17、銀河スピン32、調波26:宇宙の入力(コドン60:測定)
12.19.16.14.16、14サク、4キブ(KIN56)


先日のお通夜でいただいた会葬御礼には常識どおり、お清め塩がついていた。

一緒に帰った(というか飲みに流れた)諸氏の中には、これだけは必要なものだからと、しっかり確保していた方もおられたが、個人的には死者や死を穢れたものと捉えて、清めてから自宅に入るなどの感覚に、むしろ厳かで清らかな儀式の場から日常の娑婆に戻るという逆の感覚をもっているので、必要のないものとしてきている。

そんな感覚は、へそ曲がりなのだろうなぁと思っていたが、試しにネット検索してみると、知恵袋などで同じような捉え方をしている人もそれなりにいることが分かり、どこか安心する自分がいる。常識や多数決で自分の考えが変わるものではないのだが、さすがに誰にも理解されないよりは一人でも同じ感覚の人がいるということにホッとするのだ。

もちろん死そのものが自然の摂理だからといって積極的に歓迎するものでもないので、死に接する機会と日常を隔てる意味でお清めの塩の儀式を行うというような説明もネット検索で知り、納得の余地は感じた。
ただ、それでも日常生活で常に意識されないにしても、どこか死をはらんだ全体性が自分の生きている世界だと感じていることや、魂の交流は生前にも死後にもあると思っていることから、ことさら死を遠ざける意味も感じていないのが今の心境だ。


[Good &/or News]
・昨日は上司がお休みで一人勤務。
・マイペースと思っていたが、そうもいかず。
・ただ、派生して、本来なすべきことについて考えさせていただいた。感謝。


メモ+5.8


今日はどんな素敵なことが起こるのかな?
そこでどんな奉仕・協力・楽しいことができるのだろう?



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2009年11月02日

黄色い自己存在の種の年 自己存在のフクロウの月セリ16日、19ツェク、12・(キン103)、水晶の夜の円卓の日
第15週、第2四半分:コドン29:ハートの月水晶/空間が宇宙の気づきとして流れる、第2段階=コドン60:測定/銀河オクターブが空間の限界を定める
NS1.22.4.16、銀河スピン32、調波26:宇宙の入力(コドン60:測定)
12.19.16.14.15、13サク、3メン(KIN55)



[Good &/or News]
・昨日は、午前中のテニスレッスンのあとは、家でごろごろと小説を読み、JPOPを聞いたり、ネットでオセロをしたりして過ごした。
・逆に、昨日は日記もアップしなかった。
・以前の部門の上司が亡くなったことでの気持ちと身体の整理のために、ゆっくりと休養させていただいた感じがする。
・長く患っていた上司の訃報は突然のものではなかったが、その死以前に考え方、生き方を学ばせていただき、魂を分けていただいていたこと、多くの想いを引き受け、あるいは勝手に受け取って、自分というものがあるということを思い、感謝している。


メモ+6.2


今日はどんな素敵なことが起こるのかな?
そこでどんな奉仕・協力・楽しいことができるのだろう?



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