2007年03月02日

マイナスを否定しないこと

赤い磁気の月の年 銀河のタカの月ガンマ24日、19サク、12・星(キン168)=PCU、GAP、水晶の星の円卓の日
12.19.14.1.19、12カヤブ、2カワク(KIN119)

ポジティブ思考が勧められるせいか、ネガティブな言葉を使わないようにというアドヴァイスを聞いたりする。
しかし、ネガティブな言葉が口に出るのは、心にネガティブな想いがあるからなので、単に言葉だけ抑えてしまうと、マイナスの想いを抱いた自分自身を否定してしまうという、それこそネガティブ思考に陥るように思えている。

マイナスの想いと一般的に言ってしまうと、余りよろしくない印象だが、例えば、不安・恐怖の根にある現状認識や予測、可能性の想定などは、日常生活レベルでも安全に過ごすためにむしろ欠かせない要素だろう。
ポジティブとかネガティブというのは、情報の処理の仕方(感じ方)の問題であって、情報そのものはプラス面、マイナス面どちらもきちんと把握したいものだ。(個人という限られた窓口による情報の少なさや偏向など、全体情報をフラットに把握すること自体の困難性は、ここでは触れない。)
問題は、リスクなどが現実のものでないにもかかわらず、マイナス面にスポットを当てすぎて、プラスの可能性を認めようとしないことなのだろう。

それでも、そうした問題を抱えている自分をそのまま一旦受け入れるところからでないと、問題自体を認めない(否定する)ことになり、それを乗り越えていくことができない。

言霊と言われるように、一度口にした言葉がもつ影響力も大きいので、ネガティブな言葉をそのまま発するのもやはり問題だと思う。では、どうするかというと、ネガティブな言葉に「・・・と思ったけど。」と続けたらどうだろう。

「もう限界だ、と思ったけど。」
「最悪だ、と思ったけど。」
「そんなの無理だ、と思ったけど。」
「なんで、そんなことするかなぁ!と思ったけど。」

思ったことは正直に認めているし、それを過去形+否定で受けることで、今、そしてこれからは違うという意識を表現することになる。多少なりとも、別の可能性を受け入れる気持ちの余裕ができるように感じられる。

そんなくせづけをしていると、ネガティブな想いが根拠に乏しいことが分かって、そんな想い自体にも囚われなくなるように思う。(実はポジティブに関しても、逆もまた真なりなんだよね。)


[Good &/or News]
・昨日は横浜中華街で職場の懇親会だった。
・おいしい料理とともに紹興酒のグラスも重なって、いい気持ちになった。
・帰りの電車は、居眠りを前提に、乗り過ごしても遠くまで行かない各駅に乗る。
・やはり寝たが、下車駅の2駅手前でちゃんと目を覚まし、乗り過ごすこともなかった。


メモ+6.2



at 23:14コメント(1)トラックバック(0)精神世界   このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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コメント一覧

1. Posted by BlogPetの  ら び     2007年03月04日 11:38
わいあ?は思考が勧めるとおもうの?

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