2005年01月13日

ホメオスタシス体重と食

青い水晶の嵐の年 共振のサルの月カリ4日
KIN170 1・犬

体重に危機感の自覚を持つべきだということで、まずは行動。
といっても、体重計に乗ることから。



結果は、案の定というか。。 
最近の安定的な体重値+1.8。
BMIの標準値+7.4。

実数値を単位つきで書いても差し支えないのだが、減量目標の方をより意識するためにこんな書き方(捉え方)をしてみた。

最初に書いた「最近の安定的な体重」は、経験的なものであるが、今回のように多少体重が増えても、特段のことをしなくても戻るし、逆にダイエットの努力をして減量しても、いつの間にやら戻ってきているレベルの体重で、自分としては「ホメオスタシス体重」と思っている。

ホメオスタシスとは、生物が外的環境や主体的条件の変化に応じて、体内環境をある一定範囲に保つことらしいが、体重に対しても働くものだと思っている。現に、こんなことを意識し、書き始めること自体が体重増加に対するホメオスタシスの働きといえるだろう。

となると、ホメオスタシス体重に持っていくには努力はいらないが、その先、理想体重に持っていくためには、このホメオスタシスにご遠慮いただくようにしなければならない。

希望の光としては、数十年前、大学生・社会人になりたての当時は、BMIの標準値とホメオスタシス体重がほぼ等しかったこと。つまりはホメオスタシス体重といっても絶対値ではないということだ。年をとれば増えるのも自然と捉えることもできるし、平均がどうあれ、本人の意識と行動次第で年をとったとしても減らしていくこともできると捉えることも可能だ。

後者を選択しつづけること、ダイエットを選択しつづける意識とそれを行為とすることを肝に銘じたい。

今後、ダイエット話に行きそうなところで、山田鷹夫氏の「不食」やジャスムヒーン女史の「プラーナで生きられる」という話題に接する機会も重なっている。現時点での僕の思いとしては、「生物として不自然」というものだ。

食に関して個人的には、別に規則正しく三食、バランスよく食べることが必要だとは思っていない。
僕が思い浮かべる自然な食とは、野生動物の食であり、彼等は食べるものにありついたときにそれを食べ、食べ物が乏しい時には食べないこともある。その時点でありつけるものを口にしているだけで、バランスよく何十種類の食品を摂っているわけでもない。それが自然なのだと思う。

もちろん食べることが生きるための必須条件ではないことが常識になれば、現在の人類・社会に大きなインパクトを持つし、我々のスピリチュアリティが新たなステージを迎えることになるものだとも思う。

ただ、そのこと自体を地球レベルのアセンションと結びつけるのは疑問だ。スピリチュアルなレベルで捉えれば、いわゆる食物なしに存在している意識体は、いま現在でもこの星にいくらでも存在しているのではないだろうか。
何も霊的な存在だけでなく、石ころひとつとっても、それが現在の形として、その場所にあるまでに、他の環境との永い関わりの中で変化を続け、これからもあるべく存在し、変化していく。無限ともいえる可能性の中で、いまそれをあらしめている力、それは意識なのではないだろうか。

話が大きくズレてしまった。
僕が気に留めて、実践している食に関しては、また機会を改めて書いてみたい。


at 18:10コメント(0)トラックバック(0)生活   このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

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